私の心を癒す言葉たち。

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私は言葉が大好きです。

心に響く言葉、感動する言葉を胸に刻んでいくことが大好きです。

音楽を専門に学んだものの、心の奥底から感動するものは「文章・言葉」でした。 

生きていて傷つき、悲しみ、苦しんだ時。

私はまず、「自制」を求めます。

それから「共感」を欲します。

そして「前を向く」言葉が欲しくなります。

 

以前は、いきなり「共感」から入ろうとしていました。 

音楽で癒しを求める時の王道パターン、

「まずは今の悲しみに共感してくれる曲を聴き、

だんだんと明るい雰囲気になるように複数の曲を選んで聴いていく」

に従うことをイメージしていました。

 

しかし、私は

「悲しみ」も強いですが

「怒り」も相当強く感じるタイプなので、

ともかく感情をいったん「自制」しないと

壁を殴ったり枕を投げつけたり、

家族を怖がらせてしまうような事態に陥って

それが余計に私の感情も悪い方向に向かわせてしまう、

と気づいたのです。

 

それに気づいたことと、自制に効く言葉を見つけたのがほぼ同じ頃。

そんな言葉に出会った時に、気づいたともいえるかもしれません。

私が尊敬するブロガーの

鈴木傾城さんが書く

「ブラックアジア」

(過激な内容を含むサイトのため、リンクはあえて貼りません。興味がある方はgoogleなどで検索して下さい)

 

このサイトで学んだことは数多くあります。

有料会員の読者を多く持つサイトでもあり、文章を転載しないようにと書かれていますので、私が読んだ内容を私の表現に変えて書きますが

「自分の人生で起こったことは受け入れるしかない」

という内容です。

その時、その出来事に遭遇した時

「そのこと」が自分の人生をこんなにも大きく変えるとは思わなかったはずだ。

そう思わないまま「そのこと」に突入していき、後から振り返り、悔いる。

それがそのまま、人生になっていくのだと。

 

この言葉、考え方が私を「自制」します。

過去を思い出し、怒りが蘇ってきて止まらなくなるとき。

私は「自分の人生で起こったことは受け入れるしかない。それが私の人生になっていく」

と繰り返し私に言い聞かせます。

その時、その瞬間は「その出来事が自分の人生をこんなにも大きく変えるなんて思わなかった」というのは本当にその通りで

その気持ちを思い出すと自然に受け入れられる心境に近づいてきます。

起こるべくして起こった出来事だったのだと。

 

 

そして怒りを落ち着けた後に思い出す言葉。 

ニャートというブロガーさんの書く

「ニャート」というブログ。(旧名:「一橋を出てニートになりました」)

 

ニャートさんの書いた小説に、私は涙が止まりませんでした。

氷河期世代です。母と俺を安楽死させて下さい。(短編)

 

この小説の中に出てくるこの台詞。

分かってる、世代がちがう奴に嫉妬するのも、正社員が非正規雇用を憎むのと同じ、経営者の思うつぼなのだ。 だが、このやり切れない気持ちをどうすればいい?

 

私の怒りを代弁してくれ、共感します。

私は今、経済的に強い夫に守られていますが

過去にブラック企業や非正規の仕事を転々とし、苦しんだことを忘れることはありません。
これからの人生でも、「もしものこと」(離婚や夫のリストラなど)があれば、すぐに直面する問題です。

決して他人事とは思えないこの小説。

主人公の男性に強く共感し、涙します。

怒りを含む気持ちって、本当に行き場がないです。

何かにぶつけてしまったら、人生が終わってしまいます。

それでも怒りを抑えて、抑えて生きていく。

 

そんな私の心を代弁してくれる言葉です。

 

これが、「共感」のプロセス。

 

 そして「前を向く」言葉。

 

爪切男さんの

死にたい夜にかぎって


死にたい夜にかぎって

この小説も読んでいて涙が止まらなかった本のうちの一つです。

爪さんが昔つきあっていた彼女を思い、お互いの弱さから傷つけ合いながらも愛し合っていた記録。

「新宿で唾を売る女」。過去の彼女、アスカさんは付き合ってすぐに心の病にかかる描写があり、

そういうアスカさんとの暮らし、そして別れを切り出したのはアスカさんからだったという、私小説。

 

「死にたい夜にかぎって空にはたくさんの星が輝いている。人生というのはそういうものだ。」

 

この文章を読んで、たくさんの景色が思い出されます。

死にたい夜。本当にたくさんありました。

独身の頃。帰り道、一人で泣いて、一人で怒鳴って、どこからどう見てもおかしい人でも、

それどころじゃないほどに悲しかった時。

電車の中でもただひたすら泣き続けていた時。

夜空を見上げられたか、というと

その時、その瞬間は見上げられませんでしたが

少し気分の良い日、よく夜空を見上げたものでした。

星はいつも輝いていました。

オリオン座が好きで、いつも探していました。

 

きっと、死にたい夜も変わらず星は輝いていたのでしょう。

もし、これから死にたい夜が訪れたら、星空を見上げよう。

もし星がなかったとしても、今まで見上げた夜空を思い出そう。

私が死にたがっていても、星空は輝いている。

残酷なようだけど、なんだか幸せなことのようにも思える。

そして、「人生というのはそういうものだ。」

を何度も反芻し味わって、私は前を向くのです。

 

こういった言葉のコレクションは、私の個人的な趣味です。

 

読者の皆さまがもし「心を癒す言葉をコレクションしたい」と思うことがあったら

一つ気を付けて頂きたいことがあります。

 

当たり前かもしれませんが

「共感を覚える人の言葉を選ぶこと」 

共感しない人間の、言葉は胸に響きません。

癒しにならないどころか、アドバイスにすらなりません。

 

私にとって大切な「共感ポイント」はふたつあります。

 

一つ目は、ひとの心の痛みが分かっていること。

二つ目は、自らを客観的に眺める「もう一つの目」を持っていることです。

鈴木傾城さんの言葉と、爪切男さんの言葉には

「受け入れるしかない」

「人生というのはそういうものだ」

というような内容の言葉が入りますが、

 

これが他人の心の痛みの分からない人が発する言葉だったら

全く心に響きません。

もともと、読んでいて私の心の痛みに共感してくれているように感じるからこそ、

自制する言葉も響いてくるのです。

 

そして「客観視するもう一つの目」 

これは完全に私の好みですが。

個人的な趣味や主義主張、世界観を語ること、またそういう文章を読むことが好きな人もたくさんいらっしゃることと思います。

しかし私は、どこか冷めた目を持ち、どこか自分の行動を第三者の目で眺め

変わったヤツだな、と笑ってみたり。

 

頑張ってみろよ!と盛り上げてみたり。

ひどい目にあってるなあ。と同情したり。

なんでこんな目にあってしまうんだろう。と分析してみたり。

 

そんな文章が好きです。

 そういう視点を持つことに「共感」しているのかもしれません。

今回ご紹介させて頂いた鈴木傾城さん・ニャートさん・爪切男さん、三人ともに「客観的な視点」を持っているブロガー・作家さんだと思います。

私も憧れのブロガーさんたちに少しでも近づけるように、イメージする文章を書き続けていきたいと思っています。

 当ブログの読者の皆さまにも、何か「共感するのに必要なポイント」があるかもしれません。

 その言葉を発する人の生き方に共感し、行動・言葉がそのまま胸に沁みとおってくるような

そんな人の言葉を読み込んでいくと

「人生で目指す指針」

「つらくなった時に支えになるアドバイス」

「失意の底で苦しむ時に前を向ける言葉」

が見つかるかもしれません。

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