妊娠してから(2)~つわりを経て安定期へ~

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私の妊婦としての暮らしは、ルーランを一日4mg服用しながらスタートを切りました。

妊娠初期には、つわりにも悩まされました。

一日に数度吐き気をもよおす程度で、比較的重くないつわりだったように思います。

ただ、つわりの時期は臭いにすごく敏感になってしまったため、洗濯や料理などの家事がとてもつらくなってしまいました。

洗濯機に洗濯ものを入れるという作業だけでも、洗濯ものの臭いを感じると同時に嘔吐してしまったり。

料理も、素材の臭いが極端に苦手になり、調理中のお肉や野菜の臭いがまるっきり駄目になった時期がありました。

家事ができないことに困り果て、私は実家の母に助けを求めました。

私は結婚後、夫の転勤に伴って引っ越しを行い、実家からは新幹線や飛行機を利用する距離で離れて住んでいます。

出産後、私と実母の仲は少し悪化してしまうのですが

その頃はまだ仲良い母子関係を保っていました。

実母は私と夫の住む住まいに泊まり込みで手伝いに来てくれて、

家事のサポートをしてくれました。

それは一か月程度でしたが、

つわりが楽になってくる時期までのサポートはとてもありがたいものでした。

私は、母にこれまでに言われた内容で悲しく感じたことは細かく正確に覚えており

「強制入院で経験したこと(3)悲しかったこと、嬉しかったこと~」記事参照)、

苦しみの記憶が強く残る音楽の道も、母の夢を叶えるためだったと認識していることから

母に対する複雑な気持ちは常に持っていたように思います。

しかし、子どもを産むまでの私は

「母は私を全力で愛してくれた」

と思っていましたし、

実際に愛してくれた面もあったと思っています。

それでも定期的に

「許せない。憎い…!!!」

という強い気持ちが沸き起こってしまう。

結婚してからは

「これが本当の幸せか…」

と感じる機会も増えていたからこそ

結婚前の自分は

「まやかしの幸せだった」

と考えるようになりました。

自分の考えを尊重される喜び。

これが分かると、母の考えを押し付けられていて自信喪失していた独身時代の私が

痛ましく思えてしまいます。

少し脱線してしまいましたが、

つわりの時期、泊りがけで母が家事サポートしてくれたことは感謝しています。

安定期を迎える頃につわりもなくなり、

調子はとても良く感じられて

夫婦で国内旅行にたくさん出かけていました。

妊娠期の旅行には賛否両論あります。

自己責任であることは間違いないですが

私に限って言えば、

「本当に行って良かった」

の一言につきます。

お腹の子どもが安定しているのであれば。

妊娠の経過が全く問題ないのであれば。

等と

たくさんの条件がつきますが、

本当に、本当に楽しいものです。

妊娠期の旅行は。

その時の記憶が蘇れば涙してしまうほどの

珠玉の思い出になりました。

なぜなら、それは

「夫婦二人きりの旅行」

だからです。

「子どもを産んでからでも、子連れで旅行できるでしょ?」

と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、

子連れ旅行も実際にしていますが、夫婦二人で行く旅行とは違います。

愛しいひとが、自分の隣に立っている。

そして時間を忘れて海を眺める。

そんなことは、子どもが産まれたらできません。

子どもは時間を忘れて海を見ることはできません。

海を見るよりもお腹が空くことや汚れたおむつの方が緊急で、重要だからです。

本当は、妊娠する前にもっとたくさん旅行しておけばよかったのかもしれませんが、

「まあ、そんなに簡単に妊娠しないでしょ」

と甘く考えていたらあっという間に妊娠してしまったことは

「妊娠に至るまで(2)~避妊をやめたら、即妊娠~」記事をご参照ください。

あれよあれよという間に妊娠してしまったため、

心の準備も間に合っていませんでした。

実際産まれてからも母性を自分に感じることはほとんどなく、苦しむことになったのですが…。

そんな頃。

通院している産婦人科の個人病院で正式な分娩予約を済ませて一時金も支払い、

「もう余程のことがなければ、出産場所の変更はないだろう」

と考えました。

予定通り、もう一度精神科を受診しなくてはなりません。

以前の精神科は、お断りされていてもう行けません。(「妊娠に至るまで(3)~産みたい病院を決めたとき~」記事参照)

私の人生で何度も直面してきた精神科探しが、もう一度始まりました。

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